白井貴子の旦那の本田清巳&子供まとめ。現在は何してるの?

今回は歌手の白井貴子さんについてみていきましょう。

 

白井貴子について

白井貴子さんといえば、1984年に「白井貴子&CRAZY BOYS」を結成し、「ロックの女王」と呼ばれました。

当時はまだまだ女性でロック歌手というのが理解されない時代でしたが、白井貴子さんのライブがはじまると同時に観客が総立ちになる現象がおき、「総立ちの貴子」と社会現象にまでなりました。

代表曲といえば、1984年に発売したシングル『CHANCE!』ですね。

そんな白井貴子さんの結婚した旦那について、調べてみました。

 

白井貴子の結婚した旦那は?

白井貴子さんは1993年、ギタリストの本田清巳さんと結婚したことを発表しました。

本田清巳さんはずっと白井貴子さんのバックバンドを担当しており、ロンドン公演にも同行していました。

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本人がテレビで語ったことによると「私たち2人は結婚という形式に縛られるつもりは無かったけれど親を安心させたくて(笑)」

今は、白井さんの個人事務所の社長兼ギタリストをしているそうです。

そんな現在も仲良い2人ですが、白井貴子さんは本田清巳さんに、毎日のように告白されて結婚に至ったそうです。

 

白井貴子と本田清巳との馴れ初めは?

会うたびに隣にきては「好きだ」と告白され続けた白井貴子さん。

そんなに情熱的に口説かれたら、押しに負けてしまいますよね。

妻:とにかく変な人なんですよ。見た感じ、そんなに男臭いタイプじゃないんだけど、中身は頑固。

夫:あのバンドはみんなそうだったよ。

妻:おかげでリーダーの私は苦労しましたよ。まぁ、それが80年代に20代だった、あのころの若者の良さかな、とも思いますけど。

妻:でもね、本当に変な人だったんですよ。会うたびに隣へ来ては「好きだ。付き合ってくれ」って。

夫:そりゃ最初は、尊敬するところから始まったんですよ。

あのころ、自分で曲を書いてロックバンドを引っ張っていける女性アーティストはいなかったし、今もそんなにいないんじゃないかな。

携帯もメールもなかったから、思いはすぐに伝えないと。毎回「会ったときが勝負!」(笑)。

仕事仲間ですので、恋愛関係になるとやりづらいと思ったこともあるそうです。

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「いやいや……」って、笑ってはぐらかしたりして。ああ、私が男だったら、純粋に同志として音楽に向き合えるのに!って。

でも、あれだけ毎日好きだって言われれば、ねぇ(笑)。

私は彼のギターが大好きだったし、私の目指すサウンドを奏でてくれる人。

大好きな音を出す人が好きだって言ってくれてるのに、断る理由はありませんでした。

当時は芸能人同士の交際はおろか、男女が一緒に行動しているのがマスコミに漏れるだけでも大変な騒ぎになりました。

夫:今みたいな「でき婚」なんてしたら、即、芸能界から干されちゃうよね。

妻:愛の歌を書け、歌えっていうくせに、実際の恋愛はするな、ですから。

夫:そんなの、書けるわけがないよね。

ロックミュージシャン同士の結婚で、とてもお似合いですよね。

 

白井貴子と旦那との間には子供がいる?

白井貴子さんと本田清巳さんの間には、お子さんはいないようです。

白井貴子さんは「私、子どもがいない分、社会に貢献しないとと思っているんです」と語っています。

とてもすばらしい考え方ですね。

結婚から25年以上たっていますが、今も固い絆で結ばれているようです。

 

白井貴子の現在について

白井貴子さんは以前テレビ番組に出演し、山奥で生活をしている現状を紹介していました。

売れるために次々と曲を出し、年間100本近くものライブをこなさなきゃいけないという生活に疲れた白井さんは、活動を休止して音楽の聖地ロンドンへ留学。

帰国後は個人事務所を開き独立。

自然の中で自由に歌えて自由に演奏できる場所を求めて物件を探していたら伊豆にたどりついたんだそう。

伊豆半島にある3000坪の森にキャンピングカーをおいてその中で寝泊まりをしているというから驚きです!!

一時期は電気も水道も引かず、まさに自給自足の生活をしていたそうです。

現在は小学校の校歌を作曲したり、文部省の教育関連のオリジナルソングを作るといった活動をしています。

歌や花のパワーを通して、緑豊かな自然を守っていく活動をしていくのが目的だそうです。

社会貢献を強く意識している白井貴子さんにしかできない活動を、地道に続けていくのですね。

 

白井貴子と『Chance!』って?

白井貴子さんの代表作である『Chance!』。シチズンのCMで流れていたので、聴いたことのある方もいると思います。

この作品のヒットをきっかけに、「渋谷ライブ イン 10days」、日本武道館、西武球場公演といった怒濤の快進撃を成し遂げました。

「『Chance!』が生まれて、寝る暇もない状態になった。北海道では肋骨が飛び出るような大怪我を負いながらライブをやった。

肺呼吸するたびに激痛が走ったけど、エネルギーを止めることは考えられなかった。

『Chance!』は、なんの損得もなく、ただいい曲を作りたいと思っていた20代のリアルな私が生きている歌です。

結果、オリコン12位で終わったことが、今も音楽を続けているモチベーションのひとつになっています」

今後もたくさんの作品を生み出してほしいですね!

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