一青窈の旦那は山口周平?子供は?元嫁から略奪?生い立ちが壮絶!

「ハナミズキ」や「もらい泣き」等の曲で有名な歌手の一青窈さん。

彼女の旦那さんや生い立ちなどについてまとめました。

 

一青窈さんのプロフィール

こちらは一青窈さんのプロフィールになります。

出生名:顔窈(イエン・ヤオ)
生年月日:1976年9月20日
出身地:台湾
身長:155cm
学歴:慶應義塾大学環境情報学部
職業:歌手・作詞家・俳優
活動期間:2002年~
事務所:株式会社大家

父親が台湾人で母親が日本人のハーフです。

2002年に「もらい泣き」でデビューし、翌年の紅白歌合戦に出場するなど、音楽で大ヒット。

彼女の作曲した曲の歌詞は全て実体験に基づいているといわれているため、それが人々の心に届いたのでしょうね。

一体どんな人生経験をされてきたのでしょうか…。

この生い立ちについては後ほど詳しくご紹介します。

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また、歌手としてだけでなく、女優としての演技力も評価されており、映画「珈琲時光」で主演を務めた際には、「アカデミー賞新人俳優賞」を受賞されています。

 

プロデューサーの小林武志と不倫をするも、元嫁からの略奪は失敗。

一青窈さんは2007年1月に、フライデーによって共同作業者の小林武志さんとの不倫を、フライデーによって報道されています。

小林武史は当時は妻akkoと子供2人がいたために不倫として一大ニュースに。
2008年に小林武史と嫁のakkoは離婚。
離婚する前、不倫だと書かれてた時は、一青も婚約者がいたそうだ。
小林はその前に松下由樹とずっと交際してたから、AKKOも略奪愛だった

かなりドロドロな関係だったようです。

当時、この不倫報道はかなり世間をにぎわせ、一青窈さんは完全に「不倫略奪女」としてのレッテルを貼られていしまいました。

ネット上でも、

「他人の不幸を容認したうえで恋愛するのはおかしい」
「略奪のイメージしかない」
「好きな歌手だったから、不倫のスクープは本当にショック」

といった否定的な意見がかなり目立ちました。

小林武志さんが離婚した後、2人は暫くの間交際を続けていたそうですが、2014年ついに破局します。

一青窈さんはもともと結婚&出産願望が強かったそうですが、小林武志さんには元嫁との間に既に2人の子供がいたため、再婚に前向きになれなかったとの事です。

 

現・旦那は山口周平。

小林武志さんと破局してから2か月後、一青窈さんがギタリストの山口周平さんと交際していることが発覚し、その3か月後の2015年4月にお2人は結婚されています。

山口さんは年齢は2018年で39歳となっていて、一青窈さんの2個下ですね。
また兵庫県を中心にアスレティックトレーナーとして活動している顔も持っています。
気になる二人の馴れ初めは音楽プロデューサーの武部聡志さんとの繋がりで昔から知り合いでしたが、小林武志さんとの破局が原因で交際に発展。
また一部の報道では一青さんのライブにサポートギターとして加わったことが交際のきっかけとも言われています。

「小林武志さんとの破局が原因で交際に発展」って…。

私には元々そういった関係があったとしか思えないのですが(笑)。

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不倫の前科があるから尚更です。

小林武志さんとの破局から交際までの期間があまりにも短いですしね。

彼女の結婚に関するネット上には祝福の声もある反面、以下のような意見も目立ちます。

やっぱり、一度付いてしまった不倫略奪のイメージは簡単には払しょくできないようですね(笑)。

 

子供はいるの?

一青窈さんの子供について調べてみました。

彼女には現在二児の母親をされているとのことです。

2015年11月8日に、一青窈さんは第1子男児を出産したことを公表し、2017年2月27日に第2子の妊娠が公表。
同年7月上旬に第2子となる女児を出産
したことが分かりました。

一青窈さんは出産について、自身の人生の中で最上の喜びを感じたことをインタビューでコメントしていますが、言葉回しが一青窈節だったようです。

「最後のひといきみの瞬間に人生最大の達成感を味わいました」と振り返り、「あいたくて会いたくて逢いたかったこの子に、よく頑張ったねという感謝の気持ちでいっぱいです」と感激していた。

因みに第一子を妊娠した時はまだ結婚していなかったので、お2人は出来ちゃった結婚という事になりますね。

子供について、名前や顔写真等は非公開で、また、本当に父親が山口周平さんなのかどうかに関しても確かな情報はありません(笑)。

成長した時の顔を見て判断しましょう。

 

生い立ちが壮絶?

さて、一青窈さんについて調べると、何やら壮絶な生い立ちを持っているような書き込みが多数見られましたので、そちらについてご紹介します。

一青窈が台湾人の父と日本人の母の間に生まれたハーフであることは有名です。
しかし、父が台湾の5大財閥の一つ、顔一族の長男であったことはご存じでしょうか。
戦前から戦後にかけて激動の時代に日本にいた父と母が出会い結婚。
台湾で姉の一青妙と一青窈が産まれました。
6歳で父を残して母と姉とともに日本に渡り、その後日本で生活を送ります。

しかし、一青窈が8歳の時に父が癌で他界。
さらには、母も一青窈が16歳の時に癌で亡くなるという壮絶な経験をしています。
当時、癌の告知は患者本人にはしないのが一般的だったため、姉の妙は、患者である母と、まだ学生だった一青窈には本当の病状を伝えなかったそうです。
妹を守るための決断だったとはいえ、「妹からは恨まれてもしょうがない」とも思ったと姉、妙は語っています。

母が亡くなる12時間前に本当の病名を知って、驚きで声も出なかったという一青窈。
そんな壮絶な過去を持つ一青窈ですが、姉には「言わないでいてくれてありがとうという気持ちしかい」と語っています。

若くしてご両親を亡くされたというのはとても大変な人生だったことでしょう。

彼女が不倫に走ったのは、もしかしあらそういった生い立ちがあったからかもしれませんね。

まあ…やっていいこととと悪いことの分別はつけておいた方がいいと思いますが(笑)。

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