漫画家・高橋陽子の旦那は村上春樹。子供は息子がいるの?

今回は漫画家・高橋陽子さんについてみていきましょう。

 

高橋陽子について

高橋陽子さんといえば、あの有名な作家・村上春樹さんの奥さんですね。

高橋陽子さん自身についてはほとんど情報がありませんが、村上春樹さんの奥さんということは有名な話です。

2人の馴れ初めや、お子さんはいるのか調べてみました。

 

高橋陽子の旦那は作家の村上春樹

京都出身の村上春樹さんは、幼少期を兵庫県芦屋市で過ごしました。

本好きの親から影響を受け、子どもの頃から読書好きだったようです。

早稲田大学在学中にジャズ喫茶をオープンし、毎晩喫茶店のキッチンテーブルで作品を書き続けていました。

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1979年、『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞しデビューを果たします。

1987年発表の『ノルウェイの森』は、2009年時点で上下巻1000万部を売るベストセラーとなり、映画化もされて村上春樹さんの代表作ともなりました。

この作品のヒットにより、村上春樹ブームが巻き起こりました。

村上春樹さんは日本国外でも人気が高く、2006年、フランツ・カフカ賞をアジア圏で初めて受賞し、そこからずっと日本の作家の中でノーベル文学賞の最有力候補と注目されているのですが、やはりノーベル賞の壁は高いようですね。

なかなか受賞できずにいました。

数々の名誉ある賞を受賞している村上春樹さんですから、今後もたくさんの作品を世に生み出してほしいですね。

 

高橋陽子と村上春樹の馴れ初めは?

高橋陽子さんと村上春樹さんは、1971年に結婚しています。

当時はまだ2人とも学生で、周囲も反対する声が多かったようですが、押し切っての学生結婚でした。

たまたま授業で隣り合わせたことをきっかけに交際スタートとなった二人。

大学3年のときには、一緒に住むようになり、「潔くない」と同棲を嫌った村上は、早々と結婚を決意。

一時文京区で寝具店を営む夫人の家に間借りする。

喫茶店の開店資金の半分は夫婦でアルバイトをして貯め、残りは夫人・高橋陽子の両親からの借金であったという。

つまり、村上春樹は、夫人の両親から学生時代の住まいや、喫茶店の開店資金まで援助を受けて多大な恩恵を受けている。

村上春樹さんは早稲田大学出身ですから、高橋陽子さんも同じ大学だったのですね。

あまり奥様の情報はありませんでしたが、村上春樹さんのエッセイには奥様の話がちょこちょこ出てくるようで、「うずまき猫のみつけかた」や「もし僕らのことばがウイスキーであったなら」などに使われている写真は奥様が撮影されています。(“写真 村上陽子”と名前が出ています。)

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村上春樹さんが「うずまき猫のみつけかた」のあとがきで、本の中の写真について「うちの奥さんの素人スナップ写真を使った」と書かれているので掲載されている写真は確実に奥様の撮ったものです。

高橋陽子さんは写真が趣味だったのかもしれませんね。

高橋陽子さんの写真は残念ながらほとんど公開されていません。

村上春樹さんいわく、「細くて、化粧はまったくされない」ということでした。

村上春樹さんの原稿チェックもされてるみたいで、村上春樹さんが書き上げた作品を一番最初に読むのが奥さんそうです。

夫婦二人三脚で頑張っているのですね。

 

高橋陽子と旦那との間に子供はいる?

高橋陽子さんと村上春樹さんの間にお子さんはいるのでしょうか

調べてみましたが、息子さんがいるという情報はありませんでした。

『羊をめぐる冒険』が書かれた後に行われた、五木寛之さんと村上春樹の対談。

対談の最後に村上春樹が子供を産まないことについて語っていて、これは村上春樹的にはけっこうレアな発言かもしれないなぁ、という印象を残して対談は終わってしまう。

作家活動で忙しい村上春樹さんですから、なかなか子供をつくる時間が無かったのかもしれません。

 

高橋陽子の夫・村上春樹の学生時代って?

夫婦そろって早稲田大学出身なことは前述したとおりです。

村上春樹さんは県内トップクラスの高校である神戸高校を卒業後、一浪します。

その後早稲田大学第一文学部演劇科に入学し、学生寮に入居することになります。

僕が大学に入ったのは一九六八年で、とりあえず目白にある学生寮に入った。

この寮は椿山荘の隣りに今でもあるから、目白通りを通った時はちらっと見ておいて下さい。

僕はここに半年住んでいたが、その年の秋に素行不良で放り出された。

生まれてこの方一人で暮したのははじめてだったから毎日の生活はとても楽しかった。

だいたい夜になると目白の坂を下って早稲田の界隈で飲んだくれる。

その頃は酔いつぶれずに飲むなんていう器用なことはできなかった。

寮での生活はかなり窮屈だったようで、そのあと三鷹のアパートに引っ越しています。

浦澄彬の「村上春樹を歩く」の中に「…どうやら高校時代のガールフレンドが、後の村上作品に大きな影響を与えたらしいのである。

新聞委員会の同期に、村上春樹と仲の良かった女の子がいた。

その女の子が、初期三部作の自殺したガールフレンドや、『ノルウェイの森』の「直子」のモデルではないかと言われているのである。

その女の子、Kさんは、村上春樹と仲がよく、二人はつきあっているのではないかと噂されていたらしい。

のちに結婚する高橋陽子さんではなく、元彼女が村上春樹さんの作品に大きな影響を及ぼしたようですね。

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