紫ともの夫で結婚相手は誰?現在は何してるの?

今回は元宝塚歌劇団雪組トップ娘役・紫ともさんについてみていきましょう。

 

紫ともについて

紫ともさんとえば、1984年に宝塚音楽学校を首席で卒業し、タカラジェンヌとしてデビューします。

「風と共に去りぬ」「はばたけ黄金の翼よ」「サマルカンドの赤いばら」などに出演し、1992年には杜けあきの相手役として雪組トップ娘役に就任します。

退団後は舞台やドラマをメインに、女優業に奮闘している紫ともさんですが、気になるその結婚相手や現在について、調べてみました。

 

紫ともの結婚した旦那は誰?

宝塚引退後もその美貌をキープしていて、とてもきれいな女優の紫ともさん。本名は、箕輪朋子(みのわともこ)さんといいます。

そんな紫ともさんが結婚して夫がいるかどうかは、気になるところですよね。

紫ともさんは、現在の様子をブログで綴っています。

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2018年3月5日のブログでは、ショーの様子などを綴っていました。結婚情報は綴られていませんでした。

調べてみましたが、プライベートに関する情報はほとんどなく、結婚もしていない様子でした。

春の雨風の激しい1日 朝から昼間はまだマシでしたね。

そんな今日は、 東京ウイメンズクラブの例会で、ショーをさせて頂きました。

大使館や外交官の奥様方が多いと伺っていましたが、本当ーっに華やかで美しいマダムや達が沢山。

外国人の方も多く、数曲歌った英語の曲はいつもより緊張しました。

女性限定でしたので、視覚からもお楽しみ頂けるよう、30分のショー中、3着のドレスを着ました。

トークも通訳が入り、いつもとは違う雰囲気を楽しむことができました。楽しかった!

仕事がかなり充実しているので、パートナーがいなくても充実してそうですね。

 

紫ともの現在について

紫ともさんは舞台などで女優として活動するかたわら、「紫とも Lesson Studio~心もカラダもしなやかに~」をオープンさせています。

宝塚受験を目指しているお子さんなどが対象で、様々な体験レッスンを組んでいます。

元宝塚歌劇団月組の秋葉敦子さんらも講師として参加しているようです。

・感性の「しなやか」を育む英語リトミッククラス

英語の感覚を体感的に身につけていくクラスです。

幼児期に英語への好奇心を育みながら音楽を学ぶ人気のクラス。

・キッズバレエクラス

バレエで美しい姿勢と感性を身につけます。

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しなやかなバレリーナの立ち振る舞いは、将来お子様の大きな宝となります。

そして、芸歴30周年を迎えた現在、女優としての活動も新たなスタートをきっています。

宝塚100周年の今年、30周年の紫の女優活動も新展開へ。

昨春に初CD「Cheek to Cheek」を出した。

「ジャズや童謡、宝塚の歌などを英語詞で吹きこんだアルバムです」。

24日には東京・新橋の第一ホテル東京で「紫ともサロンコンサート2014」を開く。

“清く正しく美しく”をモットーに、慌てずスローに堅実に。宝塚娘役の理想像だ。

現役タカラジェンヌにアドバイスを求められると、

「わたしが言うのもおそれ多いですが、みんなからかわいがられるようになりなさい。でも、それを作ってはいけません。

それ以上の何かがあれば、強くても嫌われてもいいのです。そうでなければ、かわいがられるようにしなさい」

このように語っていました。これからもますます輝き続けてほしいですね!

 

紫ともはトップ娘役として活躍!

愛知県名古屋市出身の紫ともさん。

幼少時代から宝塚歌劇に親しみ、父親の転勤で各地を転々する中、御園座隣の名古屋音楽学校に通います。

「100周年を迎えている宝塚歌劇団が70周年のとき、初舞台を踏みました」。

歌、ダンス、芝居の三拍子がそろい、いつも笑顔で可憐、しかも首席入団生

1984年4月の初舞台公演「風と共に去りぬ」の幕開き。

いきなり“プロローグの娘”として、後にトップコンビを組む杜けあき(55)と花道からせり上がって登場、注目を浴びた。

新人公演(新公)でいきなり初ヒロインに抜擢され、計8回も新公ヒロインを務めています。

誰もが納得のトップ娘役へ一直線だったが、娘役の頂点に立ったのは月組に異動後、再び雪組へ戻った92年。

入団8年目が過ぎようとしていた。

トップ決定のとき、ファン、メディア全員が喝采の声を挙げた。

「本当にうれしかったです。

でも昔、占い師に『あなたはタイミングを逃す女。でも、最後にはそこへ到達する』って言われたんです。人一倍、不器用なの」。

それって今、ステキな生き方ではと問うと「それならよかった。宝塚への感謝は、どんなことがあっても頑張るぞというメンタル面の強さを養っていただいたこと」。

「紫とも」という芸名は、

「名は本名にちなみ、姓は『あなたは絵を描くとき妙に紫のクレヨンを多用する癖がある』旨指摘されたところからひらめいた」

ということでした。

そして、「ブルボンの封印」「コート・ダジュール」東京公演にて退団するまで、ひたむきに走り続けたタカラジェンヌです。

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