井原慶子の夫は?子供はいる?病気の噂が!レースクイーンも?

女性ドライバーとして世界最高成績を獲得したレーシングドライバーの井原慶子さんが結婚した夫とはどのような人なのでしょうか。

今回は井原慶子さんの夫に注目して記事を作成しました。

また、子供や過去の病気、そしてレースクイーン時代についても触れています。

 

井原慶子の夫

2008年6月14日に7歳年下のエネルギー科学者・本島厳(もとじま おさむ)と結婚されています。

本島厳さんいついて調べてみました。

 

エネルギー科学者

本島修さんの職業については以下のとおりです。

本島修さんは、日本の工学者、工学博士(京都大学)で、未来エネルギー研究協会会長をされています。

また、国際核融合エネルギー研究開発機構(ITER) 名誉機構長。

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自然科学研究機構核融合科学研究所 名誉教授。

「工学博士」。「研究会会長」といった、いろいろな肩書があります。

 

年齢は7つ年下

様々な肩書をお持ちの本島修さんですが、写真を見ると若く見えますね。

本島修さんの年齢は井原慶子さんの7つ年下という事です。

井原慶子さんが姉さん女房ということですね。

 

結婚報告

お2人の結婚式の様子は井原慶子さんのブログで内容を知ることができます。

京都市内のホテルにて結婚披露宴を行いました。

この度エネルギー研究者の本島厳さんと結婚披露宴を行うことができ、本当に嬉しく思っております。

夢であったF1ドライブは未だ果たせておりませんが、レースデビュー当時にかかげた目標である国際F3参戦も、多くの方々の応援により達成することができました。

本当に応援ありがとうございます!

結婚に国際F3参戦達成と、良いこと続きで羨ましいですね。

国際F3参戦2年目には、シーズンを通してトレーニングによる故障や体調が整わず、約8ヶ月のレースシーズン中に11回もはるばる日本からイギリスまで応援に駆けつけてくれた厳さんには本当に助けられました。

今日の結婚披露宴も厳さんをはじめ、今まで応援してくださったたくさんの方々と共にこの日を迎えることができ感激しています。

私も女性として結婚する「今」という時を大切にしたいと思い、昨年の初夏にイタリアで乗った国際F3000を最後に結婚準備のためレーシングカーのステアリングは握っておりませんが、新居は日本になりますので今後は日本をベースに現在興味があるエコ技術開発に関するレースや熱い!国際大会に時期を見ながら出場してまいりたいと思いますので、今後ともどうぞ応援よろしくお願いします。

新しい挑戦についてもブログに書かれていますね。

 

子供はいる?

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井原慶子さんに子供がいるのか調べましたが、子供に関する情報が無いのでお子さんはいないと思います。

 

病気の噂は?

井原慶子さんについて調べていくと病気で引退との情報がありました。

井原慶子さんが過去にかかった病気とはなんだったのか調べました。

自律神経失調症だったそうです。

引退を余儀なくされ帰国した井原氏は、日本への帰路の心境をこう吐露した。

「私は自分にすごく失望しました。なぜなら、私は多くの日本企業や日本人に助けられながら、世界を遠征していたのに、最後に病気になって何も恩返しせずに終わってしまったから。なんという人間なんだろう。ものすごくショックを受けていました」。

このまま復帰できないかと思いきや、井原慶子さんに転機が訪れます。

安定的に長時間働くことができなくなった井原氏は、やがて帰国後英会話教室を開いたという。

「何ができるかな、とおもって、自宅の小さな6畳間で、英語を教えることくらいはできると考えて、子どもたちに英語を教え始めたのです」。

それから、子どもたちにパワーをもらい、4年後には健康を取り戻せたという。

「そうすると、心がもとのように元気になる。心が元気になると、また世界一を目指したくなったのです」と、井原氏は復帰への軌跡を顧みた。

再起を懸けた井原氏が着目したのは、仏スポーツ科学研究所での実験だったという。

その研究所では、女性が男性に比肩するには、潜在能力を開花させられるかどうかが肝であり、その成否は、食事をはじめとする日常的な取り組みによるコントロールに左右されると言われていたという。

井原慶子さんは病気に3年間苦しんだとの事ですが、2012年に無事復帰されたようです。

 

レースクイーン時代?

井原慶子さんは過去にレースクイーンをやられていたとの情報があります。

井原慶子さんは高校時代からモーグルをやられていて、大学時代に遠征費用の為にモデルのお仕事をしていたそうです。

そのモデル業の一環でレースクイーンもしていました。

それがキッカケでレーシングドライバーを目指すようになったそうです。

因みにレースクイーン時代の写真はこちら

この頃はまだ運転免許すら持っていなかったとのことです。

1998年に25歳でレーシングドライバーとして“遅咲き”デビューし、2000年にイギリスへ単身武者修行、そして、2002年FIA(国際自動車連盟)公認レースで女性ドライバー世界初優勝をされています。

井原慶子さんは2018年4月には、日産の独立社外取締役に選任されています。

今後も井原慶子さんに注目していきたいですね。

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