野田聖子の夫は会津小鉄会で前科あり?現在は離婚してる?画像は?

いまや、日本の政治家として誰もが知るところの野田聖子氏。

テレビではよく目にするけど、いったいどんな方なのでしょうか。いろいろまとめてみました。

 

野田聖子について

まずは、野田聖子さんのプロフィールからご覧ください。

生年月日:1960年9月3日
出生地:福岡県北九州市
出身校:上智大学外国語学部

前職:帝国ホテル従業員
所属政党:(無所属→)(自由民主党→)(無所属→)自由民主党(無派閥)
称号:外国語学士(上智大学・1983年)
配偶者:鶴保庸介(2001年 – 2007年、未入籍)
一般人(2011年 – )
親族:野田卯一(祖父)

野田聖子さんの現在の年齢は57歳。

1984年に祖父の野田卯一の養子となって、野田姓を継ぐ(旧姓は島

1987年に岐阜県議会議員選挙に自民党から出馬して、史上最年少で当選。

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1990年に衆議院議員選挙に出馬するも、自民党の公認を得られずに落選。

1993年の衆議院議員選挙で自民党から出馬して初当選。

1998年の小渕内閣で史上最年少(当時)で郵政大臣に抜擢(3710か月)

2005年に郵政民営化法案に反対したことから、衆議院議員選挙では自民党の公認を得られなかったが、刺客の佐藤ゆかりを退けて5選。

同年10月に自民党を離党。

200612月に自民党に復党し、以降は内閣府特命担当大臣などを歴任。

私生活では2001年に参議院議員の鶴保庸介と結婚するも、2007年に離婚。

 2011年に一般人と再婚している。

プロフィールを見ているだけでも、なんという輝かしい経歴。

これからも、政界の女帝として吠えまくっていくのでしょうね!

 

野田聖子の結婚

プロフィールをご覧いただいてお気づきかと思いますが、野田さんは2度結婚されていますが、1度目の結婚は「未入籍」。

つまり、事実婚のパートナーとして旦那さんが存在していたようです。

 

一人目の旦那、そして離婚

野田さんは、2001年に参議院議員の鶴保庸介さんと、未入籍の事実婚をします。

事実婚の理由は、跡取り娘で夫婦別姓を望む野田さんに対し鶴保さんは夫婦別姓反対という立場の議員でしたので仕方なくと、野田さん自身が手記で語っています。

夫婦は事実婚関係であったため養子を迎えることができません。

野田さんは跡取り娘ということもあり野田の血筋を絶やさないことや野田の姓を残すことにこだわりがあったと思うのですが、子供を産みたいと望んだ野田さんはそこから不妊治療を始めます。

不妊治療を始めてから、2004年には「私は、産みたい」という著書を出されたそうです。

子どもがほしい、という強い希望があったようですね。

しかし、一人目の旦那さんとは、この不妊治療が原因となり、婚姻関係は2007年に解消されます。

鶴保庸介さんも、ご本人がそのように後に語ったそうですね。

 

二人目の旦那について

その後、野田さんは、木村文信さんという一般男性と事実婚をします。

後に野田さんは出産をすることになるわけですが、その際に木村さんが野田姓に入ることになり、今では、野田文信さんとなっているそうですね。

野田さんはこの文信さんとの間でも不妊治療に臨みますが、50歳に近い野田さんの卵子では受精が難しい上に野田さんには卵管閉塞もありました。

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野田さんはアメリカで卵子提供による体外受精を選択をします。
アメリカ人女性の卵子と夫である木村文信さんとの精子で体外受精。

その受精卵を野田さんの子宮で着床させます。
そして50歳の誕生日を迎える2010年野田さんは妊娠年齢49歳で不妊治療に成功しました。

子どもが欲しい!という女の執念とも言えるような、様々な不妊治療を受けた結果の体外受精だったのでしょうね。

結果的に、ちゃんと妊娠・出産に至ったことは喜ばしいことだと思います。

そして、体外受精とはいえ、高齢出産ですから、それなりに体を張った偉業ですよね。

さすが、強い女です!!

 

子供の障害について

やっとの思いで出産した野田さんのお子さんは、実は出産前から障害があることがわかっていたそうです。

予定日より一か月早い2011年1月6日に2154グラムの体重で取り上げられた赤ちゃんの性別は男の子です。

名前は野田真輝(まさき)くん。

生まれる前の胎児の頃から臍帯ヘルニア、心臓疾患(極型ファロー四徴症)があり誕生後は食道閉鎖症もわかりました。

出産直後、臍帯ヘルニアと食道閉鎖症の緊急手術があり5月には極型ファロー四徴症の手術。

大変な手術を乗り越えた真輝くんでしたが10月には突然の呼吸停止に襲われ一命は取り留めたものの脳梗塞により右手右足のまひが残ります。

生まれてすぐに緊急手術…。

小さい体で頑張ったんですね…。

気管軟化症によって自力呼吸ができないため11月には気管切開をし人口呼吸器が付けられました。
真輝くんは声を失います。

これらの病気のひとつひとつに大きな手術が必要で、真輝くんが受けた手術の回数は生後一年の間に9回。
5歳までには11回になりました。

身体に繋がれたチューブの数は最大で17本にまで及ぶほどでした。

2012年にテレビ放映されたドキュメンタリー
私は母になりたかった ~野田聖子 愛するわが子との411日~では密着取材によってそんな真輝くんの姿が放送されました。

翌2013年にもフジテレビで野田さんと息子さんのドキュメンタリーが放映されました。

多くの視聴者が野田聖子の子供がかわいそうという感想を持ったようで、野田さんの出産の是非について批判的な意見も多く見られました。

野田さんの不妊治療から出産、子育てに至るまで、世間的には様々な意見があるようです。

 

夫は会津小鉄会で前科も

野田さんについて調べていくと、少し物騒な?情報もありました。

現在の旦那さん、野田文信さんについてです。

・板前として各料理店を転々とする

・会津小鉄会昌山組元幹部・昌山組は抗争事件の後、衰退し解散

・携帯電話の販売に従事

・1998年・IT企業「ネクサス」取締役就任、携帯販売の責任者となる。

・1999年4月、交通違反した際、実兄の運転免許証番号を警察に伝え「私文書偽造」により1年の実刑判決(執行猶予付)

・2005年5月アダルトサイト会社経営時、「スパムメール」により、「有線電気通信法違反で逮捕」

・2006年頃より飲食店経営に乗り出し、08年6月、イタリアンレストランを業務委託の形で請け負うも、翌7月に委託を打ち切られる。2011年、韓国料理店をオープン、2年後に倒産。

・現在は野田総務大臣が50歳の時に、体外受精にて授かった長男の子育てに奮闘している「主夫」としての顔がテレビでも放送されている。

野田さんのプロフィールに比べると、まるで別世界で生きてこられたように見えます。

文春も報じてます。

会津小鉄会という暴力団に幹部として存在していたことや、2度の逮捕歴。

画像で見るとそのような人には見えないのですが…

しかし、野田さんは以下のように述べています。

「すべて処分を受けて、きちんと解決、済んだことなので」
「逮捕されたのは、出会う前の話ですし」

確かにごもっともなコメントではありますが、なんとなく国をまとめる政治家としてはどうなんだろうかと、少し不安に感じてしまいますよね。

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