酒井法子の元旦那・高相祐一の現在は何してる?父親は山口組組長だったの?

かつてはアイドルを極めたものの、覚せい剤で逮捕された酒井法子さん。

その元旦那・高相祐一の現在は何してる?

酒井法子さんの父親は山口組組長だったという噂は本当かなど、調べていきます。

 

酒井法子さんって?

プロフィール
名前:酒井法子(さかいのりこ)
愛称:のりピー
出身地:福岡県福岡市(現在の住所はわかりません)
生年月日:1971年2月14日
身長:157cm
デビュー:1986年
所属事務所:オフィスニグンニイバ(2012〜)
元所属事務所:サンミュージック(1986年〜2009年)
酒井法子さんといえば、その複雑な生い立ちが有名です。
父親は暴力団員、それも山口組組長???という噂もあります。
また、その父親は謎の事故死をしています。
これは”謎”と言われているそうです。
母親は生まれたての彼女を捨てて駆け落ちしてとも言われ、幼少期は叔母の元で過ごし、小学校低学年以降は実父のもとで暮らしていたそうです。
そんな彼女は1985年10月に行われた「’86ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」に出場したのをきっかけに、サンミュージックに入り翌年芸能界デビュー。
「のりピー語」が世間に浸透し知名度が高まり、1990年以降は女優業の活躍も目ざましくなります。
特にドラマ「星の金貨」は自身も女優として出演したヒット作品ですが、のりピーが担当した主題歌「碧いうさぎ」は自身初のミリオンセラーともなりました。
みんな若いっす^^
 
こんなシーンもありましたねえええ
 
「碧いうさぎ」のジャケット写真

元旦那は誰だった?

酒井法子さんの元旦那・高相祐一さんのプロフィール・画像

名前:高相祐一(たかそうゆういち)
生年:1968年生まれ
高相祐一さんのご実家は都内有名スキーショップ「JIRO」で、酒井法子さんとの結婚時には自身も「CORE SIDE」というウィンタースポーツのお店を経営していました。
1993年に日本プロサーフィン連盟のプロトライアルに合格し自称サーファーとして活動し、DJやデザイナーという一面も持っていたようです。
(自称サーファーと言われる所以は、テストに合格したものの、その後の競技会に出場せずに会費も払っておらずプロ登録が完了していなかったため。)
かなりのタト○ーが入ってますねええ。
高相祐一さんは、2009年に覚醒剤取締法違反で逮捕され、懲役2年執行猶予4年の判決を受けています。

酒井法子さんと高相祐一さんの馴れ初めは、テレビ番組での共演でした。

酒井との出会いは、彼女にテレビ番組でサーフィンを教えたことだったという。

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そして、1998年12月28日に電撃結婚。
また、その時酒井法子さんは妊娠3ヶ月で、できちゃった婚でもありました。
結婚発表会見を開いたのりピーのコメントがこちらです。
今春から親密な交際が始まり、約1カ月前に妊娠が発覚。
「一緒にいてとても安らげる人。常に笑顔でホッとさせてくれる。自然結婚しようという雰囲気はありましたが、子供ができたことで結婚する勇気が出ました」と率直に語った。
「仕事のこととか、いろいろ悩んだけど、一番大切なことは何かと考え、自然な結婚でした」
2009年に覚せい剤取締法違反で捕まった酒井法子さん。
彼女がそれを始めるようになったきっかけは、元旦那からのすすめでした。
「覚せい剤は結婚5年目くらいかな、僕がアルミホイルで炙っているところを見つかって。 『何やってるの?』と聞かれたから、『元気になるんだけどやってみる?』と言ったら彼女も『うん』って。覚せい剤は僕には合わなかったけれど、彼女には合っていたみたい」
1998年12月に結婚していますので、酒井法子さんは2003年あたりから使用していたと考えられますね。
それから2009年まで…彼女の薬物歴は短くはなかったようです。
 
元旦那の高相祐一さんは、子供時代からすでに薬に手を出していたとも語っています。
「サーフィンを始めたのが中学2年の時で、その直後に大麻を初めて吸って、覚醒剤は20歳ぐらいの時かな。きっかけ? 当時の流れというか、(渋谷区)青山という街で育って、両親とも忙しくて家にいない、多少の金ももらっていたし、当時はドラッグの誘いって誰にでもあって、自分をコントロールできなかったと言われれば、それまでですけど‥‥」
酒井法子さんの現在はどうなのか?2016年、2017年も目つきがヤバイ、怪しい?劣化や薬で再犯の可能性の噂アリ?とあったりしますがゴシップでしょうね。

高相祐一の現在は何してる?

2015年1月にトークライブに登場した高相祐一さん。
酒井法子さんとの離婚後、高相祐一さんはドラッグ絡みも含めて、いろいろとあったようです。
2015年2月には週刊誌の取材を受け、2009年の逮捕後のことを告白しています。
主に離婚後の彼の足取りをまとめてみると、以下のようになっています(上から時系列)。
・2010年3月「FLASH」にて、白い粉を受け取る写真が掲載
・意思の弱さを痛感し、薬物依存症更生施設「ダルク」に入所(1年6ヶ月程度)
・2012年6月麻薬取締り法違反で逮捕(合法ドラッグの使用)→処分保留
・幻覚症状も出たため3ヶ月程度の閉鎖病棟に入院
・その後は就職難
・千葉の合法ドラッグ店で働き出す→そこでまた試してしまう
・再び薬物依存症更生施設「ダルク」に入所→ASKAと知り合う
高相祐一さんは2010年に離婚後も、何度かドラッグに手を出してしまっていました。
そんな彼が更生しようと病院などの施設に何度も頼ったのは、息子という存在があったからこそでした。
(以下は、2度目の「ダルク」入所前の話より)
合法ドラッグも規制逃れのために成分がどんどんハードになってきて、オレの言動もおかしくなってきた。
そんなとき、息子に何げなく「おまえ、パパのこと嫌いだろう?」って聞いたんですよ。
そうしたら、「パパはパパなんだから、嫌いになるわけない」と言ってくれた。
それで、このままではいけないって2度目の入院をしたんです。
また元嫁である酒井法子さんのことや、これからの抱負について答える場面も。
「今年の正月に会いました。といっても、子供が僕の母親とスキーに行くというんで、荷物を持ってきた時に偶然ですけどね。最初に出会った時に感じた彼女の透明感は今でも変わっていませんでした。でも、また夫婦になる気は毛頭、ありません。遠くから彼女の活動を応援できればいいぐらいの気持ちしかないです。それよりも大事にしたいのは子供との関係です。たまにしか会えないけど、友達にしか話せないようなことも、僕に話してくれるんですよ。ダメな父親なのに‥‥。正直に言えば、ドラッグの誘いは今でもありますが全て断っています。子供が3月に中学を卒業するんで、その時までには立派な父親になって卒業式に出席したい。そのために、実家を出て、新生活を始めることも決めました」
やはり父親ですね、息子のためには、と思うのは。いいことです。
息子の卒業式には出れたのかどうかわかりませんがこのまま薬にはもう手を出さずに頑張ってほしいです。
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