マイラバakkoの再婚相手は小林武史。元旦那は?娘が歌手デビュー!

1990年代後半から、2000年代にかけてヒットを飛ばし、日本のミュージックシーンに名を遺した「マイラバ」ことMy Little Lover。

 

ボーカルのakkoさんのナチュラルで透明感のある声が魅力的でしたね。

数年前には歌手のJUJUさんがマイラバの曲をカバーしたことで話題になりました。

マイラバは音楽活動だけでなく、ボーカルのakkoさんのプライベートでも話題を呼んでいます。

彼女のプライベートはどのようなものなのでしょうか?

結婚生活やお子さんのことを交えてお伝えしていきます。

 

akkoの最初の結婚

デビュー曲がオリコン最高7位、JUJUさんもカバーしたドラマの主題歌が180万枚を売り上げるなど、デビューした年から華々しい活躍を見せた「マイラバ」。

それよりも驚かされたのが、その翌年のことでした。

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なんと、akkoさんが授かり婚をして、産休に入ったのです!

気になるakkoさんの相手ですが、マイラバの楽曲提供やプロデュースをしていた小林武史さんです。

小林さんは、ミスチルこと「Mr.Children」のプロデュースでも有名な方ですね。

結婚当時、小林さんは女優の松下由樹さんとゴールイン目前だといわれていたので、akkoさんが妊娠を理由に松下由樹さんから小林さんを奪った形になってしまいました。

akkoさんと小林さんとの間にはふたりの女の子が生まれています。

 

離婚

音楽活動も、プライベートでもともに良きパートナーとして順風満帆に思えたakkoさんと小林武史さんですが、2007年、ふたりの間に不穏な空気が流れました。

写真週刊誌に小林武史さんと歌手の一青窈さんとの交際が報道されたのです。
翌2008年には「音楽性の隔たりから」という夫婦らしからぬ理由で離婚することなりました。

akkoさんと小林武史さん夫婦の間では、「音楽の方向性が違う」というのが夫婦生活を続けられなくなるほど深刻な問題だったのですね。

旦那さんが演歌が大好きで、奥さんが洋楽が大好きでも、一般の家庭だと、それが理由で離婚することにはならなそうですが。

やっぱり、離婚する前年にあった一青窈さんとのいわゆる「不倫」報道が尾を引いてしまったと考えるほうが普通なのかもしれません。

 

akkoの再婚

「音楽性の隔たり」という、アーティストらしいけれど夫婦らしからぬ理由で別れたマイラバのakkoさんと小林武史さん。

別れていながらも、マイラバとしての活動は小林武史さんが社長を務める芸能事務所に所属して、小林武史さんのプロデュースで楽曲を発表しています。
akkoさん自身も、ふたりのお子さんの子育てを中心にスケジュールを組んでいたようです。

小林武史さんは、元妻へのいたわり、もしくは禊として自分の手元に置きたいと考えていたのかもしれませんね。

一方のakkoさんは、10年以上連れ添った小林武史さんと別れた6年後、2014年に再婚を果たしました。

有名音楽プロデューサーと別れた後、akkoさんが見初めた男性はどんな方なのでしょうか?

 

再婚相手

akkoさんの再婚相手は当初芸能人でないことから「一般男性」との報道がされました。

しかし、その後の調べで、マイラバのコンサートグッズなどを作成していたアパレル会社の社長、渡邊俊介さんだとわかりました。

穏やかな表情をしていて、写真からはすごく優しそうな印象を受けますね。

akkoさんは当時渡邊さんとの結婚についてこう言っています。

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「彼と知り合ってからはもう何年も経っているのですが、初めの頃はお互いなんとも思っていなかったようで(笑)、いろいろな話をしていくうちにビックリするくらいイメージが近いといいますか、お互いの目指す方向が限りなく近いということに気付かされまして…」とゴールインの経緯を説明してくれました。
「正直もう結婚に懲りていた私でしたが…(爆)」というが「昨年あたりから彼とだったら大丈夫!彼とだったら共に成長出来る!と確信を持った次第であります」と再婚に至った心境を明かしています。

「似たもの夫婦」なんてよく言われますが、人生における価値観や大事なもの、「これからこうなっていきたい」というイメージが近いとやっぱり心惹かれるものですね。

一度結婚生活から離れたakkoさんだからこそ、すごく悩んだ末に下した決断だったことでしょう。

渡邊さんと末永く幸せになってほしいですね。

 

akkoの歌唱力

デビューから20年近くたって、akkoさんも円熟したアーティストになりました。

ただ、過ぎ去った年月は、時に残酷な結果をもたらします。

2015年に出演した音楽番組の生放送で、当時カバーされて話題になった曲を披露したのですが、その時の歌があまりにもひどかったとネットにコメントが多数寄せられたのです。

キーはところどころ外れて、声量も乏しかったようで、お世辞にも上手とは言えなかったそうです。
そのひどさに、当時の歌を知る人たちからは「歌唱力が落ちた」とがっかりされたようですね。
その日に出演したほかのアーティストを引き合いに出して、あまりにも違いすぎると評したり、聞いていて「病気になっちゃったの?」と心配になったという人も出てきました。

年齢とともに声が低くなってしまい高い声が出なくなったために、キーを下げたりして歌うアーティストが多い中、当時のキーのままで歌う姿勢はいいのかもしれません。

ですが、継続的に歌い続けていないと、張りのある声が出なくなったり、高い音が出なくなったりするものです。

年齢のせいとはいえ、当時のように歌うakkoさんが見られなくなるというのは、ちょっと残念ですね。

 

akkoの娘

1996年と1999年に女の子を産んだakkoさん。

この記事を書いている時点で長女の方は成人しており、次女の方は18歳。

アーティストであるお母さんと、有名な音楽プロデューサーであるお父さんとの間に生まれた子供たちは、どんな道に進んだのでしょうか?

 

歌手デビュー

「カエルの子はカエル」といいましょうか、akkoさんのお子さんはふたりとも音楽活動を始め、メジャーデビューをしています。

長女である越野アンナさんは、男性との二人組音楽ユニット「anderlust」として2016年3月にデビューしました。

2017年を最後にメンバーの男性が脱退して、現在は越野アンナさんのソロプロジェクトのようになっています。

音楽ユニットを作って、後にメンバーが脱退してソロにというのは、お母さんであるakkoさんと同じ道をたどっていますね。

越野アンナさんの顔も、どことなくakkoさんに似ている感じがします。

次女の方はというと、お姉さんに遅れること2か月、2016年の5月にデビューしました。

こちらはユニットでなくソロデビュー、アーティスト名は「HARUHI」と自分の名前をローマ字表記したものです。

越野アンナもHARUHIさんもデビュー曲が映画の主題歌。

楽曲のプロデュースはもちろん、お父さんである小林武史さんです。

「小林武史プロデュース」と「映画主題歌タイアップ」という後押しがありながらも、あまり音楽シーンでは話題にならなかったようです。

でも、まだまだデビューして2年ほど。

実力があれば、見てくれる人はちゃんと見てくれるのが音楽の世界です。

越野アンナさんもHARUHIさんも「akkoと小林武史の娘」というラベルがはがれて、立派なアーティストになれることを期待しています。

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