山本侑貴子の夫の職業。離婚した?息子の中学校や大学名は和光?自宅は?

今回は食空間プロデューサーの山本侑貴子(やまもと ゆきこ)についてみていきましょう。

山本侑貴子について

テーブルコーディネートなど、食空間・おもてなしのプロである山本侑貴子さん。

1999年に「テーブルコーディネートサロン」をオープンして、空間のスタイリングやプロデュース、コンサルティングやおもてなしなどの講座を開いています。

また、ワインにも精通しており、2008年にはフランスにてシャンパーニュ騎士団のシュヴァリエを授章しました。

そんな山本侑貴子さんの結婚した夫や息子について、調べてみました。

 

山本侑貴子の結婚した夫は誰?

山本侑貴子さんは最初に外資系企業に入社したあと3年で退職し、今後の人生設計に悩んでいるときに現在のご主人と出会って結婚したそうです。

主人は厳しい人で、仕事を辞めると言ったら「どうして辞めるの?女性も仕事をもつべきだ」と言いました。

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すぐに仕事を探すから、という約束で退職しました。

自分にも相手にも厳しい方なのですね。そんな旦那さんのお仕事は何をしているのでしょうか?

 

山本侑貴子の夫の職業は?

山本侑貴子さんの旦那さんは、外資系トレーダーとして働いているようです。

外資系の証券会社で働いていた時に知り合って、「あ! この人とは長く一緒に過ごすかも……」という直感があり、実際に結婚することになったのです。

山本侑貴子さんは外資系の証券会社でOLとして勤務していたので、その時に出会ったようですね。

育ってきた環境や価値観もマッチしていて、部屋のインテリアを選ぶ時も意見がばっちり合ったそうです。

 

山本侑貴子は離婚した?

山本侑貴子さんと旦那さんは離婚の噂がありますが、完全なるガセネタのようです。

昨日は主人のお誕生日でした。誕生日当日は平日だったので、前日(祝日)にレストランに行きました。

今年は松嶋啓介シェフのお店です。

この春SEIJO ISHII Select1号店、2号店のオープン時は非常に忙しく、寝る間も惜しんで働いていました。

でもそれができたのも主人と息子が、私の仕事に対して理解を示してくれたから。「ママは今お仕事が大変だから、がんばって応援してあげようね」と。

いつも「自分にとって一番大切なもの、守るべきものは何か?」という基本に立ち返るようにしています。

今でも誕生日を祝うほど仲の良いお二人。

離婚の心配はなさそうですね。

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山本侑貴子の息子の中学校や大学名は和光?

山本侑貴子さんの息子さんは、大学入学を機に実家を離れてひとり暮らししているようです。

息子さんは小学校は一貫校の和光学園だったようですが、中学・高校は青山学院、大学は早稲田大学に通っているとの情報があります。

山本侑貴子さん自身は慶応義塾大学文学部英米文学科を卒業しています。

 

山本侑貴子の自宅は?

山本侑貴子さんは、東京都青山にある高級マンションに暮らしています。

フード・コーディーネイターという仕事がら、インテリアや食器、花などはいつも勉強しているそうです。

ジャスパー・モリソンなどのシンプルなインテリアでまとめられたお部屋に見事にマッチ…。

要所に飾られたお花のアレンジもステキです!そしてやはり主人の存在が大きいです(笑)。彼の目を常に意識しています。

相性抜群の山本侑貴子さんと旦那様。素敵なおうちで幸せな結婚生活を送っているようですね。

 

山本侑貴子の食空間プロデューサーへの道

広島県で生まれ育った山本侑貴子さんは、小さい頃から漠然と東京に行きたいと思っていたそうです。

広島を出るなら親の認める大学へ入学するという約束で、1年浪人して慶応大学に入学し、様々な個性の溢れる東京で私は自由を満喫していました。

就職活動の頃になり、両親からの「広島で就職しなさい」という言葉を振り切ると、「それなら援助は一切しない」と言われてしまいました。自力で生きていくしかありません。

食空間プロデューサーになったきっかけは、お子さんが小さいときに自宅でホームパーティーをしていたところ、周りから「教えてほしい」と言われるようになりました。

その後1999年12月に教室を始め、イベントにも呼ばれるようになりましたが、そこで目立った山本侑貴子さんはネット上で悪評を書かれてしまいます。

この時はかなり落ち込んだそうですが、夫から「そんな事くらいで折れてしまうなら辞めてしまえ」という厳しい言葉で負けてられないと思ったそうです。

私の仕事は、多くが1回限りや期間限定の仕事です。ですから、毎回真剣勝負で精一杯出来る限りの事をやります。

アシスタント任せにせず、私は必ず自分の手で、自分が素晴らしいと思える物を作るようにしています。

たとえ予算が厳しくても精一杯良いものを作る。そうしていたら、1年契約だった雑誌の連載が3年続き、一度お仕事をした方にまたやってほしいと言っていただけました。

一生懸命やっていると誰かが助けてくれるものなんですね。

今後は海外でも挑戦したいと語る山本侑貴子さん。今後の活躍が楽しみですね。

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