くりた陸の夫や娘について。死因はがんで失明しても作品を書いていたの?

かっこいい漫画として、少女漫画誌「少女フレンド」ではレジェンド級の活躍を見せたくりた陸先生。
彼女の描く漫画はいつも温かみがあって、ほっこりさせられるものばかりでした。
亡くなるまで癌との闘病、一体どんな生活を送っていたのでしょうか?

くりた陸の夫や娘について。

↑の画像、左に写っているのが漫画家のくりた陸先生です。
細身のスタイルにカジュアルなものを好んで着ていた先生。
何を着ても先生らしいカッコよさがにじみ出ていました。

1990年ごろに結婚

くりた陸さんは結婚されていたのかなと思い調べてみると、1990年ごろに結婚されています。

結婚されて27年ぐらいになるんですね。

女性漫画家は雑誌の編集者とご結婚なさる例も多いと聞きますが、ご主人の職業や具体的な人となりについては情報がないことから、一般人の可能性が高いです。

業界の方だったり、芸能や著名人ならなにかお話が出て来ますよね。

くりた陸先生については、旦那様どころか、ご本人についても公開されている情報がほんの少ししかありません。
旦那様は一般人だったということもあり、全くと言っていい程情報がありませんでした。

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娘さんがおひとり

お子さんは娘さんがおひとりいらっしゃいます。

2004年に出版されている「オレの子ですか?」にお子さんについて触れられているようですが、ちょうど生まれた時だったのか何年後だったのかは不明です。

生まれたタイミングなら現在は中学生ぐらいになるのかもしれません。

「オレの子ですか?」は1歳の子供が家の前に捨てられてしまうお話ですが、くりた陸はこの連載を発表する中で、自身の子供についても触れていたことがあるようです。
きっとくりた陸先生のお子さんはお母さんの作品を全て読んでいたに違いありません。

死因はがんで失明しても作品を書いていたの?

↑の画像はくりた陸先生の作品の一つです。
先生と主人公との印象にはギャップがありますが、自宅では案外主人公よりの優しいお母さんだったのかもしれませんね。

活躍の場所は少女漫画誌「少女フレンド」

くりた陸さんは1980年代から少女漫画誌「少女フレンド」で活躍。
主に恋愛やファンタジー作品を多数発表しています。

その後同じ講談社の漫画雑誌『デザート』や『BE・LOVE』で大人の恋愛や家族の愛情を描いた作品作品を発表しました。

小説や映画を原作とする作品や小説のイラストも手がけていました。

私も少女フレンドを楽しみに読んでいた読者の1人です。
女の子らしいタッチがまるで夢の世界のようで、発売してすぐ購入し、夢中で読んでいたことを今も昨日のように覚えています。

くりた陸先生以外には、当時、折原みと先生なんかも大人気でしたよね!!
あ~懐かし過ぎます。

2003年に乳がんが発見

くりた陸さんは2003年に乳がんが発見されています。

40歳の頃ですね。

その時にすでにステージⅢということで初期というには病状は進んでいるころだったようです。

その後は抗がん剤治療で腫瘍を小さくして切除手術に成功しました。

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一時は切除手術に成功していたくりた陸先生でしたが、ステージⅢまでいってしまったことが影響されたのか、2012年には転移していることが分かります。

生存率50%

抗がん剤治療中に医師からこのステージでの5年生存率は50%だといわれ、死んだあとに残したくないからとほとんどの原稿を処分しました。

その後手術にて腫瘍を切除。
すでに10か所ほリンパに転移していることがわかりました。

その後2012年には骨転移とリンパに遠隔転移が見つかります。
医師からは「もう直すには無理なので延命考えていきましょう」と言われました。

その後も治療を続けながら作品を発表。
2011年に発売された雑誌「フォアミセス」ではがん告知された当時の心境を自伝マンガ「陽だまりの家」で執筆していました。

7月に発売された「フォアミセス」誌上では末期がんで闘病中のくりた陸さんの読み切りマンガ「娘とともに・・・」が掲載されています。

最後の作品は秋田書店のマンガ雑誌「エレガンスイブ」の関東カラーだったそうです。

ほとんどの原稿を処分してしまったそうですが、残っていれば見てみたかった方は大勢いたはずです。
先生の漫画がどんな風に作られていたのか、私も一度でいいから見てみたかったものの1人です。

先生は漫画を描くことで、一時的だったかもしれませんが、癌との闘病生活を忘れて、現実逃避できた時間があったのかもしれません。
自分が主人公になりきって、もし癌でなかったらどんなことがしてみたいのか、先生の作品には魂が籠るようになっていくのです。

失明したかは不明

しかし、2012年にがんの転移が見つかってからは抗がん剤治療などをしながら執筆活動も精力的にこなしてきました。

くりた陸さんは、2017年6月までご自身のTwitterアカウントでご自身の生活や闘病について綴っていました。

時には痛みで大変な病状でも発信してきた様子を読み返すと心が痛いですね…

先生の闘病生活は過酷なものでした。
失明したという噂もあるようですが、最後まで作品を描き続けていたことや、ツイートをされていた経緯があるので、恐らく失明はされていなかったのではないかと思います。

くりた陸さんの最後のツイート

みなさま、食べられそうな物色々提案ありがとうございます。
今日は、ばななを朝に食べました。
半分ですが。

ここ数日、何も食べられない。
薬を飲むために口にするけど、今日はプチダノンとシリアルバー半分くらい。
もう少し何か。。。

癌の末期になると食べ物が食べられなくなってしまうんですよね。
本人も家族も、残された時間が少ないことを感じ、1日1日が愛おしくなるのです。

漫画家の力

昨日本屋に寄ったら、昨年亡くなられた #くりた陸 先生の追悼企画本があったので買ってみた。
中学か高校の頃、#ゆめ色クッキング が好きで内容もレシピも読んでて楽しかったな。
主人公の芹香みたいな友達が欲しかったw
芹香の作る料理にお菓子はホントに幸せレシピで、いつも誰かをハッピーにしてた。
この本はその芹香がママになってからのオハナシ。
ママになっても、芹香は芹香だった。読み終わったあとになんだか、あったかいキモチになれました。
2巻は近日中に密林から届く予定。
#作品はこれからも生き続けます。

漫画家は例えこの世を去ってしまっても、作品は永遠に語り継がれます。
これぞ漫画家の力、羨ましい才能なのです。

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