大宅映子の夫や子供。父親や家族について。

サンデーモーニングなどに出演している、
コメンテーターでジャーナリストの大宅映子さん
についてご紹介したいと思います。

大宅映子さんの旦那さんや、家族についても
調べてみたいと思います(ノ´▽`)ノ♪

 

大宅映子の夫や子供は?

大宅映子さんもバリバリ仕事をしているイメージですが、
結婚をしているようです!

夫はどんな人で馴れ初めは?

夫は株式会社コスモ・インタラクティブ代表取締役の枝廣宇人である

「役人も教師も嫌というと就職先はないに等しかったので、大学院に籍を置いたんですが、3ヶ月で退学。
同じ年の8月にPR会社に入社して、同僚と翌年の2月に結婚しました。出会い頭ですよ。
それに私のことを好きになってくれる男が、次から次と出てくるなんて思ってなかったですから。
そう、謙虚さゆえに結婚したんです!
 これは早く手を打った方がいいと。

会社社長の旦那さんでした!
そして馴れ初めは同僚だったということですね!
焦って結婚しちゃったみたいな言い方ですが(笑)
きっと素敵な旦那さんだということでしょう(ノ´▽`)ノ♪

家族は?

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旦那さんも有名人な方でしたが娘さん達の情報はほとんどありませんでした(′;ω;`)

家族は夫、娘2 人、孫3人。

現在の家族についてはこの人数なのですが、
大宅映子さんが生まれ育ったご実家は時代柄もあり、大家族だったようです!

父親はどんな人?実家について。

大宅映子さんがコメンテーターになった理由には、お父様の影響があったようです。ご実家についてもみてみましょう。

大宅映子の実家は?

大宅映子さんは実家についてこのように語っています。

岡田薫の旦那は誰?姉や子供について。1番近い姉と5歳、長姉と8歳、兄とは9歳離れているので、ある意味放っておかれたのが良かったのか悪かったのか、小さいころから何でも1人でやるような女の子でしたね。
姉2人がまた母に似て美少女なのに対して、「1番下のお嬢さんは先生にそっくり」と家に来るお客さんが10人いたら10人に言われるんですよ。
ブスだと言われているようでそのたびに腹を立てて、ふくれて1人で奥の部屋に入っちゃう。
世間では毒舌の社会評論家で知られる父に逆らう人がいない中、父と真正面からやり合ったのは4人兄妹でも私ぐらいでした。

気の強い娘さんだったことは間違いありませんね!^^;
大宅映子さんの父親もどうやら有名な人みたいです。

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父は大宅壮一?

父親の大宅壮一さんとは、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家だったみたいです。1900年9月13日生まれで、1970年11月22日まで活躍された方みたいです。

父親もジャーナリストだったんですね!!
大宅映子さんはお父様の背中を見て育ったということでしょうか(ノ´▽`)ノ♪

かつて「大宅壮一のサンデーニュース」という番組があったくらい歯切れの良いコメンテーターだったらしいです。
テレビが普及した時には「一億総白痴化」といったコメントを残しています。
(テレビを批判しているのに、テレビ番組に出ているとは面白いですねw) 
また「男の顔は履歴書である」といった名言も残しています。私塾も開いており、お弟子さんが『テレビは日本人を「バカ」にしたか? 大宅壮一と「一億総白痴化」の時代』といった書籍も残しています。
非常に厳しい着眼点の持ち主だった、という見方もできるかもしれません

なるほど…!テレビでもコメンテーターをされていたようで、
今で言う辛口コメンテーターといったところでしょうか?

大宅映子がジャーナリストになったのは父親の影響?

お父様もジャーナリストだったこともあり、
ジャーナリストを目指すのも不思議ではないかもしれませんが、その理由はなんだったのでしょうか?

ジャーナリストになった理由は?

ジャーナリス大宅映子の視点は父によってつくられた。
父から受けたもっとも大きな影響は、物事を客観的に「タテ」「ヨコ」「ナナメ」から見た上で総合的に判断するという、
ジャーナリストの視点です。

このように、お父様からの影響があって、ジャーナリストに自然となったのでしょうね。
もともと、お父さんに楯突くのは子供のなかで大宅映子さんだけだったと前述にもあったので、お父さんにそっくりだったのではないでしょうか。

 

子育てにも影響?

大宅映子さんは自身の娘さんたちを育てている中でも自分の主義を貫いていました。

私たちが娘の時代は、夜の9時過ぎに女の子が一人で外を出歩いているなんて、ありえませんでした。
でも世の中が変わって、私が子育てをするころは、女の子だからと家に閉じ込めておくようなことはできなくなった。
変な奴らとか危ない場所は自分で判断して、避けられるようにしなきゃ駄目だと思いました。
そのためにはできるだけ体験を増やすことが必要です。
親の目が届く間に多少の失敗をして痛い思いをしてもらったほうがいい。
それを悟って以来、私の子育ては「免疫主義」になりました。

すごいですね~。
昔だからというのもありませんが、現代のように過保護ではないですね。
これもお父様の影響が大いにあると思われます。
現代ではなかなか真似できないかもしれませんが、
それくらいのタフさは現代っ子にも必要なのかもしれませんね!!

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