阿木燿子の旦那は宇崎竜童。子供は?作品は?若い頃が美人!

有名な作詞家であるだけでなく、女優として数々のドラマや映画に出演したり、本を出版するなど、多彩な才能を世に披露し続けている阿木燿子さん。

そんな才女の旦那さんは、1970年代に一世を風靡したあるロックバンドのボーカリストで、超有名ミュージシャンであることは多くの人に知られていますよね?

阿木燿子さんと旦那さんの馴れ初めや、長く続く夫婦関係の秘訣はどのようなものなのかを調べていこうと思います。

 

阿木燿子の旦那

阿木燿子さんの旦那さんは、ミュージシャンで作曲家、俳優としても活躍している宇崎竜童さんです。

宇崎竜童さんは1946年生まれ。

1973年にダウンタウンブギウギバンドを結成します。

当時は矢沢永吉さんが所属していた「キャロル」が人気だったので、宇崎竜童さんはかなり意識していたそうです。

ファッションが被ると2番煎じのように言われてしまうのを避けるため、キャロルが革ジャンを着ているのに対して、ツナギを着たという話もあります。

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1974年には「スモーキンブギ」でヒットを飛ばし、翌1975年に最大のヒット曲「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」をリリース、その年の紅白歌合戦にも出演しました。

「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」の曲中に出てくる「あんた、あの子のなんなのさ?」というセリフは、当時の流行語にもなったそうです。

宇崎竜童さんといえば、リーゼントにヒゲというスタイルで、ダンディな「ちょいワルおやじ」のイメージがあるのですが、元々はおぼっちゃんで大学まで私立の学校に通っていたそうです。

まじめで品行方正、不良だったこともないそうです。

実際に会ってみると、見た目と物腰の柔らかさとのギャップに驚かれることも多いといわれています。

加えて、お酒は一切飲めず、大の甘党だということです。

 

馴れ初め

阿木燿子さんと宇崎竜童さんとの出会いは大学時代。

それぞれ違う学部でしたが、同じ軽音楽クラブに所属し、宇崎竜童さんはトランペットを演奏していたそうです。

キャンパス内を歩いている阿木燿子さんを初めて見た宇崎竜童さんは「僕の奥さんになる人が歩いてきた」と思ったそうで、自分の一目惚れであったと公言して憚らなかったという話です。

宇崎竜童さんは阿木燿子さんのことを、本名である「広子さん」と学生時代から呼んでいるそうです。

道行く女性を見て「この人が自分の奥さんになるんだ」だと言えるなんて、本当に運命の出会いだったのですね。

でも、通りすがりの人に一目ぼれなんて、それなりのルックスじゃないとしないでしょうから、若い頃の阿木燿子さんがどれだけ美人だったのかって話です。

学生時代の出会いから、7年ほどたった1971年に阿木燿子さんと宇崎竜童さんはめでたく結婚します。

何度も宇崎竜童さんから結婚の申し込みはあったのですが、阿木燿子さんの方で断っていたそうです。

何度断られてもめげずに頑張れたのは、やはり結婚する運命の女性だと思っていたからなのでしょうね。

結婚式と思われる写真には、今の宇崎竜童さんの見た目とはあまりにもかけ離れたまじめで誠実そうな男性が写っています。

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非常に緊張しているのか、ややひきつったように見える宇崎竜童さんと、とても幸せそうな笑顔の阿木燿子さんも表情とがなんとも印象的です。

 

阿木燿子の作品

40年以上夫婦として生活してきている阿木燿子さんと宇崎竜童さんですが、おふたりの間にお子さんはいないようです。

その代わりなのでしょうか、阿木燿子さんが作詞、宇崎竜童さんが作曲するという楽曲が多く存在します。

数々の夫婦共作による楽曲が、おふたりにとっての「子供」といえそうです。

中でも、伝説のアイドルといわれる山口百恵さんへの楽曲提供は、阿木燿子さんと宇崎竜童さんの大きな功績といえるのではないでしょうか?

山口百恵さんは1973年にデビュー。

セカンドシングルで「10代の性」を歌わせるという大胆なイメージチェンジを図り、ヒットします。

阿木燿子さんと宇崎竜童さんによる楽曲提供は、13枚目のシングルで、山口百恵さんの地元である神奈川県横須賀市を曲のタイトルにした「横須賀ストーリー」から。

その後も、「プレイバックPART2」「ロックンロールウィドウ」「さよならの向こう側」など、山口百恵さんの代表曲ともいえる楽曲を提供していき、ヒットしていきます。

阿木燿子さんと宇崎竜童さんが提供する楽曲によって、山口百恵が歌う歌の世界が決定的に形づくられたと評されるほど、大きな影響を与えたそうです。

 

夫婦円満の4か条

夫婦ふたりで我が子のように楽曲を作り上げ、日本の音楽シーンに大きな足跡を残した阿木燿子さんと宇崎竜童さん夫婦。

そのおしどり夫婦ぶりは非常に有名です。

40年以上にわたり仲の良いままでいられる秘訣が、ふたりの間にある4か条だといわれます。

その1.「自分たちは四分の一人前という意識を持つこと」

人は自分が一人前だと思うことで、一人前でない人を見下したり、何でも自分ひとりでできるものだと自惚れてしまう。

でも、四分の一人前なら、夫婦ふたりでも半人前。

当然他のだれかを頼らなければやっていけませんし、失敗するのも当たり前。

そう思うことで、何事も自然と許すことができるのだそうです。

その2.「夫婦お互い敬語で」

人は親しくなるにつれて、言葉がくだける傾向があります。

一方で、言葉がくだけることで相手に対するリスペクトの念が薄れ、扱いが荒くなったりすることも。

阿木燿子さんと宇崎竜童さん夫婦は相手を尊重し、大切に思っているからこそ、お互いに敬語を使っているのだそうです。

その3.「相手に要求しない」

結婚した当初はただそばにいられるだけでよかったのに、時がたつにつれて、相手にあれこれと望みや要求が出てきてしまうもの。

そうすると、望んでいることがなされなかったりすることが不満になり、積もり積もれば不仲の原因にもなります。

阿木燿子さんと宇崎竜童さん夫婦は、相手に要求することはなく、結婚当初から「淡々と日々が過ごせればそれでいい」というスタンスのようです。

相手にあれこれと要求することがないので、不満も出ませんし、不仲になる要因も出にくくなるのでしょう。

その4.「相手に押しつけがましくしない」

夫婦、特に夫は、何かにつけて「俺はあの時○○をやってやった」等と言いがちです。

自分はこれだけやっているのだと相手に認められたい思いの表れかもしれませんが、あまりに露骨な「やってますよ」アピールは、相手にとって不愉快なことも。

阿木燿子さんは、宇崎竜童さんが生活費を稼げていないときも、気づかれないように自分の収入を生活費に回していたそうです。

印税が入って稼げるようになってからその事実に気づいた宇崎竜童さんに、「(夫婦は)同じお財布だから」と言ったそうです。

いろいろなことを押しつけがましくやるより、「夫婦は助け合うのが当たり前」という気持ちでやる方が、相手もいい印象を持ってくれるのでしょうね。

阿木燿子さんと宇崎竜童さん夫婦にある四か条。

実際に守れれば、不仲にある夫婦もおしどり夫婦になれるかもしれませんね。

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