大竹しのぶの元旦那の野田秀樹は元内縁の夫で破局理由は?

今回は大物女優大竹しのぶの元旦那の野田秀樹は元内縁の夫で破局理由は?について調べてみました。

大竹しのぶさんでしょ^^

大竹しのぶプロフィール

言わずと知れた大竹しのぶさん^^

名前:大竹 しのぶ(おおたけ しのぶ)
生年月日:1957年7月17日(58歳)
出身地:東京都
身長:158 cm
血液型:A型
所属事務所:有限会社エスター
女優としての経歴を見てみましょうか。
・1974年:「ボクは女学生」の一般公募でドラマ出演。
・1975年:映画「青春の門ー筑豊編ー」でヒロイン役。朝の連続ドラマ小説「水色の時」に出演し、国民的ヒロインとなる。
・1986年:ドラマ「男女7人夏物語」に出演。
・1999年:映画「鉄道員」に出演。
・2001年:バラエティ「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(2016年2月12日以前のタイトルは「中居正広の金曜日のスマたちへ」)にレギュラー出演。
・2011年:秋の褒章において、紫綬褒章を受賞。
若い頃から歌手として、女優として活躍されてきましたね。
しかし、紫綬褒章を受賞ってさらっと書いてるけど、すごくないですか?そんな簡単に、取ろうとして取れるものんではないですよね。名女優って世間から認められているんですねええええ。

野田秀樹は元旦那?

野田秀樹さんの名前が出てきましたが、ものには順序ってものがあります。野田秀樹さんの前に書くことがあります。

大竹しのぶさんといえば、1988年に明石家さんまさんと結婚し、2人の間にはIMALUさんが誕生しました。
これがやはり一番大きなと言うか強い印象なんではないでしょうか。日本中の国民がそうだと思います。

 仲良しに見えますよね。

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がしかし、実はこのさんまさんとの結婚は、大竹さんにとって2度目の結婚でした。
「え、どういうこと?」
そうなんです、大竹しのぶさんの1度目の結婚相手は、1982年に結婚したドラマディレクターの服部晴治さんなのです。
ですが、
不幸にも服部さんは1987年に47歳の若さで癌性腹膜炎のために亡くなられました。
その服部さんとの間に生まれたお子さんが息子の二千翔(にちか)さんで、つまりIMALUさんとは異父兄妹ということになり、兄妹の仲はとても良好なのだそうです。
二千翔さんは今年で31歳になる1985年生まれなので、2歳で実父を亡くし、3歳の時にはさんまさんを継父として迎えることになったようですね。

さんまさんとの馴れ初めは?

そして2度目結婚相手が明石家さんまさん。
大ヒットドラマ「男女7人夏物語」の共演で知り合い、
1988年に結婚されましたが、1992年に離婚されています。
離婚の原因は、二人の価値観の違いを、
埋めることができなかったことのようです。
というのも、主婦業と育児に専念していた大竹さんですが、やっぱり女優をあきらめることができなかったそう。
主婦って大変な仕事なんだけど、女優に比べると喜びが少なかった。
次第に「お芝居がしたい」とむずむずしてきた。
と、おっしゃっています。
娘のIMALUさんが1歳半くらいになると、
「また、お芝居がしたいな」という気持ちがわいてきて、さんまさんに打ち明けたそうです。さんまさんも了解してくれたのですが、
家庭では女優を捨てて欲しい。
とさんまさんは、願っていたそうです。

野田秀樹さんとは結婚してない?

そして野田秀樹さんが出てきます。
さんまさんとの離婚後、大竹しのぶは舞台で知り合った劇作家の野田秀樹と数年間同居生活をしています。
同居、同棲みたいなもの。つまり、内縁、元内縁の夫と言うことになるでしょうか?

野田秀樹さんとIMALUさんとの関係については、悪くはなかったようです。

大竹しのぶとさんまが離婚したのはIMALUが二歳の時。
そのあとは彼氏の野田秀樹と大竹しのぶが同居していたためIMALUは自分の父親とは違う男性と幼稚園の頃から五年ほど同居していたことになります。
そして野田秀樹はIMALUは礼儀正しい子であったもののIMALUが幼稚園に行く時に「行ってきます」と必ずいって出かけなさいと言った後に「行ってきます」だけは頑なに言わなくなったり野田秀樹の役者仲間がスカートを履いていたIMALUをからかったためどう説得してもスカートを履かなくなったりとIMALUは子どものときは頑固な一面があったと語っています。

破局理由は?

野田秀樹さんとの同居生活ですが、この関係も5年で終わってしまいました。

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大竹しのぶさんのもとには明石家さんまさんとの娘IMALUさんがいましたが、野田秀樹さんともうまくやられていたようで

IMALUさんも当時のことを「いっぱいお父さんがいて楽しかった」と話しています。

その破局理由というのは、大竹しのぶさんのお母さんの反対だそうです。

当時大竹しのぶさんはバツ2で子供も服部晴治さんの子”二千翔さん”と明石家さんまさんとの子”IMALUさん”がいました。

そこに野田秀樹さんとの子が生まれれば、それぞれ父親の違う子が3人になってしまいます。

当時の倫理観では、大竹しのぶさんのお母さんもよく思わなかったらしく結婚には反対ということで破局してしまいました。

 

 

 

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