桑野みゆきの夫はどんな人?娘はいるの?今現在は何してる?

桑野みゆきさんは、母親は戦前の人気女優の桑野通子さんです。
夫や娘さんのこと、現在のことについて検索してみたいと思います。

プロフィール 桑野みゆきさん

生年月日  1942年7月17日

本名 斎藤みゆき

出身 横浜市 鶴見区

母親は戦前の人気女優、桑野通子

主な作品について

・青春残酷物語

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・赤ひげ

・大根と人参

映画デビューは?

13歳のときに1954年の「緑はるかに」の子役に応募したのが映画デビューとしてのきっかけでした。

売り出したときには清純派女優でしたが、1960年の大島渚監督の「青春残酷物語」では破滅へと疾走していく女性を演じて話題になりました。

その後は松竹を中心にして100作を越える映画作品に出演しています。

昭和29年には小学6年生で「緑はるかに」で浅丘ルリ子さんと子役デビューしています。

美少女として「彼岸花」など名作に出演しておられます。

映画では人気歌手の橋幸夫さんと共演でヒット曲の「孤独」「あの娘と僕」などで不動の人気を得ました。

井上靖原作の映画化では

・「青衣の人」

・「離愁」
・「山河あり」
・「秋日和」
・「川は流れる」

黒澤明監督の「赤ひげ」など大作や名作で存在感を示しました。

結婚で引退

結婚して引退したのは、1967年でした。

桑野みゆきさんの夫について

引退して食品会社の御曹司(山崎製パン?)と大恋愛の末に結婚。

子どもさんもいらっしゃったようですが、2003年4月には女性週刊誌に離婚騒動として記事が書かれています。

桑野さんの夫は一般人として画像や情報は確認できないみたいです。

子どもさんについて

子どもさんはいらっしゃるようですが、情報や画像などは検索できていません。

離婚について

桑野みゆきさんは子どもさんもいらっしゃったみたいですが、2003年4月に離婚騒動記事として女性週刊誌に書かれています。

その後は桑野さんが本当に離婚したかどうかは不明になっています。

引退の原因について

映画界を早々に引退したわけは、後発の岩下志麻さんや倍賞美津子さんの人気に押されたせいもあるといわれています。

母親について

母親の桑野通子さんは、子宮外妊娠で30歳の若さで亡くなっています。

母親は人気俳優の上原謙さんんと恋仲の噂もあったようです。

みゆきさんは、通子さんが亡くなったときにはまだ3歳でした。

自分の母親が女優だったことを知らずに育ったそうです。

みゆきさんは、森永製菓会社員の斎藤芳太郎さんとの間にできた子で、当時は斎藤さんには妻子がいたといわれます。

「緑はるかに」ストーリー

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ルリ子の父親は有名な科学者で、北海道の研究所へ仕事で行ったまま、一年も便りがなかった。
ルリ子は父よりもらった美しいオルゴールの音を聞きながら父をしのんでいた。
だがある日、父が急病になったとの知らせに、幻想を破られたルリ子は、迎えの車に乗ったが、それは父の科学研究の秘密を盗もうとするX団のスパイの計略であった。
洞窟の中で再会した父と母、そしてルリ子も今は両親と共に捕われの身となった・・。

「緑はるかに」の中ではオルゴールが使われており、当時は憧れとして当時のファンの人たちの脳裏に残っているようです。

今でも、オルゴールを開けると音とともにさまざまな映画の風景が蘇ってくるといわれます。

解説 北条誠の同名小説を京中太郎が脚色し井上梅次が監督した子供向けアクション映画。
国産のコニカラー・システムによる初の劇場用長篇映画

「緑はるかに」は大女優浅丘ルリ子さんの伝説的なデビュー作品だといわれています。

浅丘ルリ子さんが、14歳で銀幕デビューして日活の初のカラー作品で歴史に残る作品だともいわれています。

青春残酷物語とは

『青春残酷物語』(せいしゅんざんこくものがたり)は、1960年(昭和35年)6月3日に公開された大島渚監督による日本映画。
松竹製作。
この映画から、“松竹ヌーヴェルヴァーグ”という言葉が生まれた。

青春残酷物語では桑野さんは女友達と気楽に遊んでいる女子大生を演じています。

母親が亡くなり、父親と姉の由紀と暮らしています。

有閑マダムと関係を持ち、お小ずかいをもらっている大学生と恋に落ちて同棲をはじめる役です。

青春残酷物語の概要:社会にも自分にも常に怒りを感じているような男女が出会い、衝動のままに行動して自ら破滅していく。

鬼才・大島渚監督の出世作であり、「松竹ヌーヴェルヴァーグ」と呼ばれるムーブメントのきっかけを作った作品。

衝撃的なラストには、呆然とさせられる。

(あらすじ

青春残酷物語のあらすじは、60年安保闘争の頃と言われる東京が舞台。

気楽な女子大生二人は自ら声をかけて見知らぬ中年男の車に乗り込む。

桑野通子さんについて

桑野道子さんは桑野みゆきさんの母親で、通子さんは戦前の人気女優でした。

スラリとした抜群のプロポーションとモダンな美しさで人気があったようです。

若手銀幕スターとして高峰秀子さんやさんや三宅邦子さん、高杉早苗さんらとともに活躍した人です。

当時、若い女性達に憧れのスイートガールやダンサーといった、一見派手な経歴から自由奔放な女性だったと思われがちだが、実際の人柄は寡黙でおとなしく控えめだったという。

いっぽう1937年の秋に自動車免許を取得し、趣味はドライブといった行動的な面も持ち合わせ、銀座でダットサンを乗り回し松屋前で接触事故をおこすエピソードがある。

主演作品では

 

・新たなる幸福(監督:中村登、1942年)

・をぢさん(監督:渋谷実、原研吉、1943年)

・假面の舞踏-秘話ノルマントン号事件-(監督:佐々木啓祐、1943年)

・不沈艦撃沈(監督:マキノ正博、1944年)

・伊豆の娘たち(監督:五所平之助、1945年)

・女性の勝利(監督:溝口健二、1946年)~抜粋

また元気な姿でテレビに出て欲しいですね。

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