鮎川いずみの旦那は誰?玉尾豊光とは?事故内容と原因?

元女優で実業家の鮎川いずみさんについて調べてみました。

鮎川いずみさんとはどんな人?

当初は「鮎川いづみ」という芸名だった。
1967年、映画『また会う日まで 恋人の泉』に出演し、芸能界入り
1968年にはミス宝くじ・幸運の女神のメンバーとなって活躍。

その後、1980年に「いづみ」から「いずみ」に芸名を改め、
朝日放送の金曜日の看板番組として長らく親しまれた
『必殺シリーズ』、『ザ・ハングマンシリーズ』をはじめ、
テレビドラマを中心に活躍。
1982年に放送された『必殺仕事人III』では、
テーマソング『冬の花』も歌い日本有線大賞新人賞を受賞した。

藤田まことさんと共演された「必殺シリーズ」では【何でも屋の加代】を演じていました。

「必殺仕事人」の思い出について語る
鮎川いずみさんのインタビューがこちら!

「必殺」のシリーズに二枚目はたくさんいましたよ。

三味線屋の勇次(中条きよし)に飾り職人の秀(三田村邦彦)、
鍛冶屋の政(村上弘明)に組紐屋の竜(京本政樹)も。
だから仕事人たちの連絡係である「何でも屋の加代」は、気取る必要がないんです。

以前も時代劇には出ていたけど、加代のキャラクターに合わせて全てのしぐさを変えました。
これまでが流し目の色っぽい表情なら、加代は上目使い。内股で歩いていたのが、
「金のためなら」とふくらはぎが見えるくらい大股で走って。
いや、どこかにお金が落ちてないかと、軒下を探すような歩き方にまで変わりましたから(笑)。

スポンサードリンク

撮影は夜までかかることも多かったし、ドラマだけじゃなくて映画や舞台もありました。
一年中が「必殺」に追われているようなスケジュールでしたけど、あれほど斬新で、
あれほど愛された時代劇に出させてもらったことは、引退した今も忘れられません。

【主な出演作品】

1967年:映画『また会う日まで 恋人の泉』
1968年:ミス宝くじ・幸運の女神
1970年:『お荷物小荷物』
1971年:『春の坂道』
1973年:『江戸を斬る・梓右近隠密帳』
1975年:『元禄太平記』
1978年:『江戸プロフェッショナル・必殺商売人』、『翔べ! 必殺うらごろし』
1979年:『長七郎天下ご免!』、『必殺仕事人』(以来、同シリーズで何でも屋の加代役)
1987年:『ザ・ハングマン6』→『ハングマンGOGO』

 

【バラエティー番組でも活躍】

『三枝の愛ラブ!爆笑クリニック』(1984年 – 1985年、KTV) – 4代目アシスタント
『料理バンザイ!』      (1984年 – 1988年、ANB) – 2代目アシスタント
『わいわいスポーツ塾』     (1987年 – 1989年、TBS)

スポンサードリンク

 

女優として活躍される中、突然の引退が!!

1992年 事故に遭い、
足を骨折して3ヶ月入院し、途中降板。その後、突如芸能界を引退した。

芸能界引退の原因となった【事故】の内容とは?

出演していたドラマ「大岡越前」の撮影中に事故にあったとの噂もありましたが、
詳細を調べて見ると、事故引退についてお話しされている、
鮎川いずみさんご本人のインタビューがありました!

プライベートで足を骨折し、3カ月入院したときに引退を決心しました。
自分は芝居が下手だって気持ちがどこかにあったんですね。
その後は広告代理店を起こしたり、主人と結婚したりといろいろあり、現在に至ってます」

何が原因で骨折をしたのかは、出てきませんでしたが
撮影中の事故ではなく、プライベートでの骨折という事でした。

旦那はだれ?

1995年に結婚された鮎川いずみさん。
お相手は、玉尾豊光さん
経歴は、野村総合研究所元専務という事です。
一般の方という事もあり、残念ながら
玉尾豊光さんの画像は見つかりませんでした。

また、お子さんはいないようです。

引退後の仕事は?

鮎川いずみさんは、引退後、広告代理店を経営。
そして2004年から【リッチラメラ】という化粧品会社を経営
実業家として活躍されています。

【「リッチラメラ」起業のきっかけ】

「もともとは知り合いの皮膚科のお医者さんや大学の先生方のご協力を得て、
自分自身用に作ったんです。
ドーランを厚塗りしてたため、肌荒れがひどかったですからね。
悩みが改善したのと、周りからの勧めもあって事業化しました。
軌通り道に乗るまで何だかんだで10年かかりましたね」

【「リッチラメラ」のコンセプト】

毎日お使い頂く化粧品の役割を、美しさだけを追うものでなく、
自然が育んだ素材の天然成分を使って、自然の力、素晴らしさを、
化粧品を通して改めて感じとって頂けるような、化粧品造りをモットーにしております。
ロゴは「自然の恵み」・「エコロジー」・「生命の源である海と母なる大地で自然体に生きる」を
創造するイメージとして、「ヨガ」や「エアロビクス」のデザインで表現しております。

事業をはじめるにあたり、
管理美容師エステシャン調理師免許を取得されたそうです。

今年(2017年)、66歳になった鮎川いずみさん。
鮎川さんを詳しく調べてみると、実業家として頑張っていらっしゃることが分かりました!

スポンサードリンク

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)